インド旅行記2014 ~ゴーダマ・ブッダ足跡とバナラシを巡る~ 「バナラシ(ベナレス)とサルナート ~バナラシはヒンドゥー教の聖地~」

投稿者:さえ 投稿日時: 3rd 3月 2014 カテゴリー: インド旅行記2014

旅行経路

インド旅行記2014旅程

1月26日(日)

ホテルの玄関前の広場でなにやらにぎやかな音楽とともに、演説をやっている。
主人は何事かと表に出て行く。思い出した、そうだ今日はインド建国記念日だと。
日本の安倍首相が主賓として招かれ、式典に出席している様子がロビーのテレビに映し出されている。
ホテルの広場の式典は、国旗が揚げられ、国家が唱和される、あっけなく15分で終了。もとのブッタガヤの静けさに。

10:30 バラナシへ259キロのドライブ

バラナシまで、ハイウエーで行けるのが救いだ。
料金所を通った途端、のどかな風景を目にする。牛使いの集団が遠慮がちに、ハイウエーの端をゆったりと歩んでいるのだ。農業用トラクターはもう少し速い速度で、ガタガタと走り、自転車はもっと速く走っている。素晴らしいハイウエーの情景が、心を和ませる。危ないなんて誰も考えてはいないようだ。


ボートガヤ(ブッタガヤ)の近郊を過ぎるにつれ、のどかな風景は消え、本来の幹線ハイウエーの姿にもどる。長距離トラックが増え、特にロングサイズの大型トラックばかりに。このサイズのトラックは日本では走っていない。装飾も派手なインドスタイルのトラック野郎ばかりになる。このハイウエーは「グランド・トランク・ロード」略してGTR。コルカタからパキスタンのカイバ峠を超えてペシャワールまで行く大動脈だ。(3500年前、アーリヤ人が侵入してきた、そのままの道が国道1号線として今に続く)

ランチは途中のドライブインでとる。無難にピラフとカリフラワーのパコラ(てんぷら)にする。とても正解だった。

バラナシの郊外に入ると、一面が黄色の畑に、菜の花なのかと聞くと、マスタードだという。そういえば、ビハール州もベンガル州も料理にはマスタードオイルを使っている。インドの春がもう始まっている。

259キロの道のりを6時間で無事バラナシのRAMADAホテルに到着。
(バラナシは前6世紀頃「カーシー国」と称され、その当時すでに、ヒンドウー教と仏教の聖地であった。)

17:30
ガンジス河に87ヶ所ある沐浴場の中で、いちばん有名な沐浴場に夜の祈りを見に行く。人でにぎわう夜のバラナシの町。路上ではお供えする花売りや食べ物売りが沢山出ている。チャイも昔ながらの素焼きのカップで売られている。初めて素焼きのカップのチャイを飲む。飲み終えたカップは、路上に投げ捨て割っている。

  

昔は無かった夜の祈り。いつの頃から始まったかは分からないと、ガイドは言うが、完全にショウアップされており、7人の僧侶が火の儀式や、灰の儀式など幾つかのテーマで儀式を行う。僧侶が儀式を行う七つのアーチをイルミネーションで装飾し、明るいライトに照らされ、綺麗だが、荘厳さとはまったくかけ離れたものになっている。異国情緒を求める外国観光客やインドの各地から集まった、観光客には受けるのだろう。
ちなみに私達が見た祈りは、サイババの提供だった。


1月27日

朝6時にホテルを出て、ガンガーの沐浴を見に行く。ガンジス河の沐浴は聖なる河での清めの儀式で、昨晩訪れたガート(水際に下りていく階段)に着くと、ヒンドウー教の信者が沐浴をしている。また河岸では僧侶がお祈りを唱えている。
私達は河岸から、手漕ぎボートに乗りガンジス河をクルーズしながら、河から岸を眺める。




朝靄に包まれたガンジス河は幽玄の世界を思わせ、ボートの揺れがいっそう気持ちを心地よくする。
河岸には、マハラジャの別荘だった大きな建物が、昔の姿そのままに残されている。何ヵ所かガートもあるが、私達がボートに乗ったガートとは違い、静けさに包まれていた。
15分ほどガンジス河を下り、引き返し、ボートに乗ったガートを少し過ぎた場所で降りる。

この場所がガンジス河でもっとも重要な火葬場(マニカニシュカ)。火葬に使うマキが山のように積み上げられている。マキの脇には、大きな天秤量が置いてあり、の片側の皿には40㌔の石が載せてある。この40㌔が1単位でマンと呼ぶ。成人男性で、7マンが必要だそうだ。悪事を働いた人、沐浴を人生で一度もしたことが無い人も、ここマニカニシュニカで火葬をすれば、来世も人間に生まれ変われるといわれる火葬場だそうだ。「ここで火葬するのは高いの。」とガイドに聞くと「はいそうです。」との答え。何というか、死後の世界も金次第ですか!
ガンジス河で感じた幽玄の世界もここに来て、一瞬で現実に戻る私です。
バラナシに来て行き倒れる人や貧しい人たちは、反対側にある政府が持っている、電機式火葬場を使うそうだ。

バラナシ特有の迷路のような路地を歩き、別名ゴールデンテンプルで名が通っている、ビシュバナーツマンディル(ビシュバナーツ寺院)に立ち寄る。この寺院はシバ神のリンガムを祀ってある有名な寺院。リンガムとはシバ神の男根を意味する。まずこの寺に入るのが大変だった。路地の両側にお供物を売る店が軒を連ねている、その中の一軒で靴と靴下を預け、お供物と首につける数珠を買い(男性だけ)、路地から入った細い道を抜ける。そして入り口には機関銃を持つ武装警官が立っている。なぜ武装警官が立いるのか?

寺の真隣にはモスクが建っている。12世紀頃バナラシはイスラム勢力に征服された。そしてこの寺の敷地にモスクを建てたのだ。このモスクをめぐって、いまだに争いが絶えないのだとか。寺の周辺には数多くの武装警官が警戒にあたっていた。寺内にはヒンドゥー教徒でなければ入れないが、主人はヒンドゥー教徒だという事にして、ガイドが入れてくれる。特にリンガムを祀ってある場所は押し合いへし合いの込み具合。リンガムにギーミルクをかけ、花やお供物を置き、そしてリンガムをなぜるのが流れだ。主人はどうにか揉まれながらも、やり通うしたようだが、私は流れに流されて外に押し出されただけだった。まあ、信者ではないので悔やまれはしないが。

まだ朝の8時半だ、お腹が空いたが、もう一つ見せたい場所があるとガイドが言う。
それは、広大な敷地を持つ、ベナレス・ヒンドゥー・ユニバースシティー(ベナレスヒンドゥー大学)。
この大学はインドで、いちばん学部の多い大学だそうで、私達のガイドのシンさんもこの大学の出身だという。何を勉強していたのかと聞くと、何と「原子物理学」で修士を取ったという。何故にガイドをしているの?昔は先生をしていたらしいが、家族と一緒に故郷のバナラシで暮らしたいと、観光ガイドの国家試験を取り、個人でガイドをしているのですという答えが帰ってきた。ここで納得。彼の説明は明確で分かりやすく、私の質問にも丁寧にそして、いろいろ関係づけて答えてくれる良いガイドだ。

午後はサルナート見学に。バナラシから車で30分のところにある。
サルナートは仏教四大聖地のひとつ。ブッダが悟りを開いて、初めて説法をした初転法輪の地だ。鹿が多くいたので鹿野苑(ろくやおん)ともいわれる。

今は遺跡公園になっており、ダメーク・ストゥーバー(初転法輪の場所に建つ)やアショカ王の四頭獅子柱頭も立っている。天辺にある四頭獅子は、同じ敷地内にあるサルナート考古博物館の正面入り口にドンと展示されている。
この四頭獅子は、インド共和国の紋章にもなっている、有名なアショカの柱頭。
博物館は小さいが、とても素晴らしい仏教美術の出土品が多数展示されており、世界でも有数の博物館だ。残念だが写真撮影は禁じられていた。

私たちのブッダの足跡巡りは、このサルナートで終わる。
ラージギルのナーランダ大学跡、ブッダ最後の遊行の出発地である霊鷲山
四大聖地では悟りを開いた地(成道)・ブッタガヤ
初説法(初転法輪)の地・サルナート
少しではゴータマ・ブッダの足跡を巡ったことで、私の人生の何かの知るしとなれば嬉しいのだが。

明日は英国東インド会社の最重要諸点であった、コルカタ(カルカッタ)に行きます。