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インド四方山話 1 「インドという国について」

料理レシピをブログで配信する事になりました。
アジャンタの店で出している料理の原点である、ムールティ家のお家ごはんをみなさんに紹介し、お家で簡単に作って頂けるようにがんばって書いていきたいと思っています。

それだけでは、楽しくないのでプラス、インドのレストラン料理情報インド女性の四方山話なども書きますので、よろしく!!

 

インドという国について

まず、インドは大きい国だという事を忘れないで下さいね。
料理の話を書くつもりなのに?そう、でもとても大事な事なのです。

国土面積 世界で7番目に大きく、28州+6連邦直轄地域+デリー首都圏
もちろん言葉も半端ではなく沢山あります。公用語はヒンデイー語、準公用語が英語(政府公認言語は21)
もちろん各州にはその言語があり、文字もその言語により違います。

もう一つとても大事な要素があります。それは、宗教です。

ヒンドゥ―教、イスラム教、シーク教、キリスト教、仏教、ジャイナ教、拝火教(ゾロアスター教)ユダヤ教、他・・・・・

この説明で分かると思いますが、インド料理とは、とてつもなく多民族料理なのです。

インドを簡単に東西南北に分けてみると、主人の父親の出身地は南インドになります。
南インドのアンドラ・プラデーシュ州、州都はIT産業で有名なハイデラバードです。

みなさんご存知だと思いますが、IT産業は南インドが中心になっています(かの有名なバンガロールもカルナタカ州の州都で南インドです)

Hyderabad Street Scene

父親の家は州の中でも、南で、チェンナイに近い場所です。
ところでチェンナイはタミル・ナンドウ州です。話があちこち飛びますが、アンドラ・プラデーシュ州の言語はテルグ語でタミル・ナドウー州の言語はタミル語です。

そう、どうして最初に国土が広い、民族が違う、宗教までも、と前置きしたのかはもちろん、分かって頂けたと思います。
この大きな国インドは料理も多彩で各州、東西南北、海岸沿い、内陸、宗教によって、まったく違う食事になる事など、それにまつわる話でも書いていけたら楽しいと思ったからです。

私が紹介するお家ごはんは、主人の父親の出身地、アンドラ・プラデーシュ州で主人の父親の家族が食べていた食事、今は家がチェンナイにありその家の料理人に教わった料理、作り方と出来上がった写真を一緒に載せたいと思います。

それとは別に、インドの色々な町のレストラン、インド屈指のホテル、インドのリゾートホテルなどのレストラン、インドで食べるイタリアン料理(インドは何かとイタリアとは縁があるらしく、イタリアンレストランは各有名ホテルには必ずと言っていい程店を出していますし、PIZZA屋のなんと多い事)などを交えて紹介していきたいと思います。

もう一つ、世界中どんな場所にも必ずある中華料理も。それから、主人の従兄の奥方がとても料理が上手くて、(彼らは米国、ヒューストン在住です。ヒューストンはアメリカでもインド人が特に多く住んでいる町だそうです、そうNASAもあるし)彼女に教わった料理も紹介したいです。

ついでに、アメリカにおけるインド人の物凄いパワーもお話したいですね。

India


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  • きりぴぃ

    インドは何かとイタリアと縁があるらしく・・・

    なんかそんな感じがしますね。ヴェネツィアの運河沿いの古い館を見て
    いるとなんとなくテレビで見たガンジス川の水浴び場のように見えます・・

    1988年初めてイタリアに行ったとき、デリー経由のローマ行きという当時もう最後になっていた南回り線でした。かつては経由地が多かった南回り欧州線ですが、直行化が進んだ時期にローマ行きがデリー経由で最後まで残ったというのは、イタリアとインドの関係に浅からぬものがあったからこそと思われます。

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